本当にあったのかも!?山口県の3つの伝説とゆかりの地をご紹介

山口の伝説アイキャッチ

以前ここでご紹介した山口県の民話についてですが、民話とよく似た言葉で伝説というものがあります。

伝説は民話に包含されるものであり人や場所につながりの深いエピソードを伝説と呼び、場所がはっきりせずにお話しだけが残るものが昔話と呼ばれるそうです。

よって伝説と呼ばれるものについては場所もはっきりしていて、それに関わる遺構が存在しているわけで、本当にあったかもしれないお話しということです。

先に紹介した3つのお話しも場所が明確でや遺構が存在しているのでこれらは民話でもあり、伝説ともいえるのです。

今回は民話の時に紹介しなかった他のお話しを3つの伝説として、現地に赴いて撮影した写真と共に紹介したいと思います。

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砂子多の河童

河童

むかしむかし、下関の勝山に住んでいた河童はとてもいたずら好きで、このあたりに住む人間に悪さばかりしていました。

そうした中、村の五作爺さんが川へ牛を連れてきたときのこと、そこにいた河童は牛の尻尾を川の杭にくくりつけてしまいます。

そうした河童を吾作爺さんは隙をみて捕まえ、皿の水を拭き取って弱らせると、家の庭木に縛り付けたのです。

最初河童はあれこれ悪態をついていたのですが、照り付ける日差しにそんな元気も無くなり、日が暮れるころにはぐったりとしてしまったのです。

五作爺さんの孫娘は河童がかわいそうだ。なんとか助けてあげられないかと五作爺さんに頼みます。

そんな孫娘の気持ちを理解したのか、五作爺さんは河童の縄を解いて河童に反省を促します。河童は気持ちを改め、翌日五作じいさんの田んぼの草むしりを手伝います。

反省をした河童は砂子多川のたもとに呼んで、この川で一番大きな石を置いておいて、その石が砂になるまで河童の一族はこの砂子多川で悪さはしないと告げて五作爺さんの前から姿をくらまします。

やがて河童の言う通り川の傍には大きな石が置かれ、それからはだれも河童の姿を見ることはなかったとのことです。

舞台となった場所

下関市の新下関駅からほど近くの勝山地区、砂子多川の一角にひっそりとかっぱ石が設置してあります。そばに設置された立て看板による解説では以前あったかっぱ石は明治時代の大雨で流されたようで、これは2代目ということでしょうか。

またかっぱ石の目と鼻の先にはかっぱ公園という小さな公園があります。かっぱ石とかっぱ公園、この伝説を後世に伝えてくれる大事な役目を負っていると言えるでしょう。

かっぱ石

かっぱ公園

フカ地蔵

フカ

瀬戸内海に浮かぶ沖家室島に「おつや」という娘がいました。このおつやは温厚誠実で、信心深く地元にある地蔵菩薩様をいつも拝んでいました。

彼女の継母はおつやがずっとおもしろくないと思っており、そんな気持ちが積み重なってついに磯遊びを理由にして千貝瀬(沖家室島沖)へおつやを連れて行きそのまま置き去りにしたのです。潮が満ちていよいよおつやの命の危険が迫る中、地蔵菩薩さまが鱶(フカ)となって現れ、その背にしがみついたおつやは無事陸地へたどり着いたということです。

時は流れ、下関の商人だった山形屋は上方へ荷物を運ぶために娘を伴って瀬戸内海を航海していました。すると船の傍に大きな鱶が現れ航海を邪魔しようとします。

きっとこの鱶は一緒に乗っている娘を生贄に求めているんだと恐れ、山形屋は何とか助かるために、かつて沖家室島で人を救った地蔵へ助けて欲しいと祈るのです。

その祈りが通じたのか、鱶の危機を何とか逃れ命を救われた山形屋は感謝の気持ちを示すため沖家室島のお寺に地蔵を寄進しました。

舞台となった場所

鱶(フカ)とはサメのこと。そんなフカ地蔵のある沖家室島は周防大島の南東の端にあり、人口が200人に満たない小さな島です。釣りを楽しむ人たちのどかな風景も見られるこの島のフカ地蔵は、泊清寺というお寺の境内にあり、海の守り神として地元の方の厚い信仰を集めているようです。

お堂の脇のお地蔵様は山形屋とその末裔が代々寄進したもの、フカ地蔵はお堂の中に祀られているようです。

ちなみに、あの昔話アニメではおつやではなく男勝りの海女がアワビやサザエを採る為に沖で遭難する設定に変更されているようです。

泊清寺

おじぞうさん

湯田温泉の白狐

白虎

むかしむかし、山口の権現山のふもとの小さなお寺には小さな池があって、山に住む傷ついた一匹の白狐が傷を癒すために通っていました。

その様子を見た寺の和尚さんは白狐がいなくなった後、傷を癒していた池に手を入れてみるとなんと温かい温泉だったのです。

驚いた和尚さんはその池を深く掘ってみると、地面からこんこんとお湯があふれ出し、一緒に薬師如来の金像が出て来たのです。

やがてその温泉には屋根が付けられて、そばには一緒に出て来た薬師如来を祀ったお堂も立てられると山口の人たちは薬師如来を参拝してお湯に入るようになり、湯田の街は温泉の街として賑わったとのことです。

舞台となった場所

湯田温泉は山口市街地の温泉ということで連日多くの宿泊客でにぎわっています。

湯田の白狐伝説については、山口市にいる私にとってはとても馴染みのあるお話しなのですが、薬師如来のことと、由来の場所が権現山ということはよく知りませんでした。

権現山自体が湯田の市街地のはずれにある小高い丘のような場所でひっそりと存在しているため足を運んで改めてここが湯田温泉発祥の地なのだということを再認識させられます。

権現山の熊野神社は大内氏の時代に紀伊の熊野神社を山口の地に祀ったことに由来するとても歴史のある神社です。

また、JR湯田温泉駅前の巨大な白狐のモニュメントをはじめ、街のあちこちで白狐の姿を見ることができます。

ちなみに権現山の熊野神社は山口市出身の詩人中原中也にとっても縁が深い場所のようです。

白虎の湯

熊野神社

まとめ

洋の東西を問わず想像上の生き物や怪物などは多くいるのですが、万物に神が宿るアニミズムや自然崇拝という思想をベースとして日本では妖怪や物の怪という存在がそれらの象徴として非常に重要な役割をもっているためでしょうか、河童や鬼などという存在はこうした民話や伝説に非常に多く登場します。

あなたのお住まいの近くにこうした伝説がもしあるのであれば一度調べてみてください。

きっと妖怪や物の怪などの人ならざる存在がその民話や伝説に関わっていることがとても多いことに気が付くと思います。

それはある意味で、日本人がアニミズムや自然崇拝に強い意識を持っている民族であることを証明しているとも言えるでしょう。

参考:まんが日本昔ばなしデータベース(山口県)
参考:湯田温泉旅館協同組合

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